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[fol] fj.os.linux.octopus_garden 4


あれ、「粗筋」がない(笑い)。Subjectも違っている。元記事は実は
「fj.os.linux.octopus_garden 3」。随分前に連載したからねえ。

<これまでの粗筋>

突然、fj.os.linuxに記事が爆発的に投稿され、トラフィック増大に耐えかねた
サーバーが次々にダウン。雑談でしかない投稿は投稿を呼び、留まることを知ら
ない。投稿者からようやく引き出した情報は意外な原因を指摘した。女性週刊誌
におまけでメディアがついて来ており、何も考えずにそれをPCに突っ込んだとこ
ろ、「見たこともない画面」が現れ、画面の端にある「?」マークをクリックし
たところ、なにやら話し合っているようなのでそのまま続けていると言うのだ。
そのメディアを手にした者はそれが全く未知の、先進的なWindowシステムを持つ、
しかも洗練された「まぎれもない」Linuxディストリビューションであることを知
る。それにクレジットされた作者を知る「私」は、底知れぬ不安を感じるのだった。

<以下本筋の続き>

カウンターに置かれた帆場のPDAの小さなモニターにそれらは現れ始めた。ただの
散文だったのか。
「雨月、お前の言いたいことは分かる。だがな、これにソースは必要なのか?誰が
カーネルのコンパイルなんてするんだ?Widowsマシンのハードはこの国では完全に
固定され、そしてPC自体の使われ方自体もみんな同じだ。Widowsのバージョンだっ
て、この国だけ何年も前のもので止まっている。何故だ?。そのうち、どっかの誰
かが、新しいカーネルのバージョンのディストリビューションを出してくれる。そ
れをインストールしなおせば良いだけなんだよ、Linuxだってそういう使われ方になっ
てどれだけ経つんだ?」

確かにそうだった。商用のOSよろしく、登録した後には「バージョンアップ」の度に
メディアが送られて来る、そういう商売はもうありふれた光景になっていた。

「無いのなら、出るまで待とうWidows」

帆場は私のコップにビールを注ぎ足すと、続きを促すようだった。私はその悪意につ
き合う事にした。
「無いのなら、無かっただけだBigMac」
一息置いて帆場が続けた。
「無いのなら、作ってしまえUNIX。それが俺達の生きた時代だった。日々、限られた
スタッフ、資源でデスマーチ・プロジェクトを生きぬいて行かなくてはならない俺達
に、フリーな世界は贅沢なオアシスになり得た。が。俺達が一番忘れていたことがあっ
た。」

状況は変化する。世界は確実にその流れを決して行く。硬直したもの、変化を拒むも
のを置き去りにして。そうなのだ。確実に。あれは2001年だった。本番を目の前にし
てサッカーの日本代表監督が更迭された。後任にはユースの監督がついた。誰もがま
さかと思い、しかしその一方ではもしかしたらと考えていた「状況」はこの国のあり
ふれた光景として立ち上がって行く。前哨戦の中でも政治的にも大きな意味合いのあっ
たホームで行われた対韓国戦で日本は終了間際に同点とされた上に、延長たった5分
で逆転を許したのだ。MFのナカタは天を仰ぎ、その足で日本を後にしてしまった。

「ガイジンはいらない」

それはナカタを指弾した言葉だった。彼を降ろせと言う論調が高まる中、「ガイジン」
監督は彼無くしてはチームはありえないと断言した。それをきっかけに「本場」への
屈折した劣等感は監督へその鉾先を変えた。監督を支持した強化委員らが一斉に辞任、
空白のまま「超法規的に」新監督の就任が発表された。人々は数年前の「神風」を思
いだし、「日本人監督」を歓迎した。

「日本語で」

それ自体に意味があるソフトウエアがあるとすれば、それは日本語そのものだろう。
1足す1が「どの言語で計算されるのか」意味があるとすれば、それは計算効率や精
度においての比較上だろう。日本語のかな変換ソフトウエアは「日本語で」書かれて
等いない。たとえそうであったとしても、それ自体に大きな意味合いは無い。世界の
財産は、事シンボル操作においては「デジタル化」によって共通の手段を持ち得る。
それが前世紀に予感されたコンピューティングの未来だった。…筈だ。

常に遺跡発掘の現場を愛し、そこから発言し続けた宝来教授は

「世界史は終了した。我々が地面の中から掘り起こした全てのものは、その来歴、由
来に地域的な独自性が『無い』ことを証明し続けて来た。この惑星上では、『原始人』
と下等視されて来た人々の時代でさえ、驚くべき速度の情報伝達能力を持っていたこ
とを誰も隠せはしない。人々は『共同開発で』全てを作り上げて来たのだ。これは政
治的なスローガンでも、宗教的な教条でもない。事実なのだ。途方もない実地試験に
より土器も製鉄も製紙も農耕も『開発されて来た』のだ。その成功、あるいはエラー
の情報は『共通の言語』で伝達された。私達はこの地球の歴史をこれから、その言語
の名前で呼ぶのだ。中国語時代。ヘブライ語時代。そして肝心なことは、それらの言
語が伝達の手段が音声信号であった事だ。到達力のある低い鐘の音のようなモノを使
い、『その音の有無の組合せで言語を信号化した』のだ。」

とノーベル財団での講演で述べ、来るべき世界の指針を示した。

それはまた、私達にうんざりする現実を想像させた。「地域差」とは、流れて来る情
報の利用の度合のことなのだと云う現実を。またはその「中継度」の。海の情報は山
では「聞こえて来ても利用しようが無い」が為に利用も中継もされなかっただろう。
逆もまたしかりだ。上空に静止衛星と云う「鐘」を持ちながら全く利用しない、出来
ないこの国は、そもそも「その必要が無かった」のだ。

「帆場、『この国には女性週刊誌があれば良い』っていうことか」
「差別的だな。俺達はLinuxを広めたかったんじゃないのか?ならば伝播力のあるメディ
アは尊敬すべきパートナーじゃないのか?俺はたった1回で10万のメディアを配布
した。そのうちの殆どがインストールされ、実際に「利用された」。違うか?まさか
お前、『フリーウエアの開発だけにお使いください』って但し書きでもしろって言う
か?どう利用されるのか、その利用結果をコミュニティに返すと云うのも、重要な要
件としてあったよな。」
「『なんかメールくれ』でも」
帆場は私を睨んだ。
「何かメールくれでいいじゃないか。どこが悪いんだ?ベルは遠隔地へのコンサート
の中継を想定して電話を発明したと云う。電話はどう利用されて来た?そば屋への出
前は『ベル使用条件』に違反するのか?」

そうなのだ。私自身が既に答えを出しているのだ。何故隠す?そう奴は全身で訴えて
いた。この国でハッカーを気取る奴、そいつらがこぞって認めるだろう「この国の事
情」。

カチーン。

鋭い高周波が私の意識を切り裂いた。知らず音の方向を向いていた私の画面の中に二
つの瞳がこちらを覗いていた。刹那が現在に追い付くタイムラグの少し酔い加減から
戻ると、左肩に艶やかな髪を滑べらせた女性と、厨房の雑多な音がとびこんで来た。
「雨月さん、大丈夫ですか?」
どうやら私は丼の底をみつめたまま考え事を始めてしまったらしい。
「あ、うん。」
うす紅色の唇が左頬に微笑んだ。
「このところ考え事ばかりですね。」
「惚けかな。で、、、、」
「ポータビリティの話です、雨月さん。」

高齢化だけがとりえの私のいる研究所に、十年ぶりに新人が、それも「望んで」入っ
て来た。アズミという東洋の端っこの国の言葉を名前にした黒い髪の少女は東ヨーロッ
パの地から来た。そうなのだ。奴はプラハの大学で教鞭を取っていた。帆場は、この
少女、知合いの娘の名付け親でもあったのだが、彼女に日本行きを勧めたのだ。相応
しい留学先はいくらでもあろうに、彼女はたいした設備も成果もない研究所を選んだ
のだ。

私は話の赴くまま、普段思っていることを話し始めた。
「I write a letterと云う中に於いて、『私は字を書く』、それがその英語の翻訳と
されるわけだが、それぞれの要素に対応するものは無いと云うのが、私の考えだ。I
は『私』ではない。何故『てにをは』がこうも発展し、主語や述語さえ省略可能にし
てしまったかといえば、この言語の実態が実は『てにをは』だからなんだ。」
「そうなんですか?」
黒い瞳が疑問を投げかけた。私は続けた。
「世界の端で、東西南北あらゆる方向から事物が『流れつく』この文化圏にあっては、
全ては『流れついて来た』という次元で『並列』なんだ。あとに残されたのは、それ
ぞれの事物の『位置関係』を記述することだけだった。香木も、やしの実も、あるい
は漂着した人間も、『自分たちの生活や生産と無関係に』流れつく。その流れついた
ものを浜辺に並べ、その組合せで何か『海の向こう』にいる、あるはずの、それらを
海に流した者たちの意志を推測する。流れついたモノ自体が何であるのか、とかいう
疑問はそこには起きない。意味不明のブラックボックス。あるいは『それ単独では意
味をなさないもの』と考えられたのかも知れない。だから、まずは漂着物を集め、そ
の可能な組合せを考えた。」

帆場のディストリビューションには例の「?」の他に「出口」のアイコンがあった。
それは「自動Uninstall」だった。押せばマシンはいつもと何も変わらないWidows環
境に戻った。そして、それ自体は多くの、ただメディアを突っ込んでみただけの人に
は、せいぜいが画面が元に戻った程度の出来事に過ぎなかった。

触媒を研究していた少女はその頭脳の中で超高速な計算を始めているのだろう。
「『てにをは』とは、森羅万象を並列記述する発明なのさ。」
「草木、石、水や空気にも生命や意志の存在を認めているという…」
「さあな。そこまでの哲学は大陸や他の島にはにはあったかもしれないがね。ただ並
べてみただけじゃないのか。」
「求心的な考えはどこかにあったのではないですか?」
「さあな、そんな暇は無かったのじゃないか?次々と漂着物は来るので、その交通整
理が自己目的になってしまったと、私は考えるね。」
「コンパイラのバージョンアップに忙しいけど、プログラムは一度も書かない人?」
私は笑った。

10万も配布された中、殆どは「出口」に捨てられただろう。しかし、そのなかの一
人や二人くらいは、ディストリビューションに貫徹されたある哲学に誘導され、何か
しらを始めるはずだ。

「清濁合わせ飲む」

これは東洋の男子の伝統的な人生訓だ。バイナリ配布に反対だった帆場の「戦略」が
どうなるのか。その結果はまだ出ていない。しかし、この帆場が名付けた少女の名前
に彼の願いは込められているように思えた。

「安海」

アズミとは安らかな海を意味している。何十万のコードの先に何かを夢見た、あるい
は実際に何かを目撃した人間たちの航海が、この先も安らかなる事を。

店を出ると、痛いような光線と激しい蝉時雨が私達を迎えた。そして私達は焼けたア
スファルトに己が足跡を刻みつつ、緑揺れる街へ歩み出した。

(おわり)

私にUNIX、そしてLinuxの素晴らしさを教えてくれた人々に捧げる。

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